実際、塾には「通って」いるだけで、勉強よりもその塾においてあった卓球に夢中だったのですが……。そんな子ども時代に、私の将来のキャリアに大きな影響を与えるひとつの変化が着々と進行していました。それは、「外国映画」へのあこがれです。そもそものきっかけは、小学生のとき母に連れていってもらった『青い鳥』(米ソ合作/1976年)という映画でした。それが、私が生まれてはじめて見た字幕つきの映画で、そのとき私は「外国語がわかった!」という気になったのです。もちろん、字幕を読んだから内容が理解できたにすぎないのですが……。でもそれは、私にとってとても鮮烈な体験でした。この体験がきっかけとなって、私は外国映画ファンヘの道を突っ走っていきました。当時はビデオなんてまだ普及していない時代でしたから、テレビの洋画劇場がとにかく楽しみでした。夜の9時がやってくるのを心待ちにして、眠い目をこすりながら毎週映画を見ていたものです。また、ラッキーなことに、そのころラグビーをやっていた父親が、毎週末、車で博多のグラウンドに練習に行くときに、昼メシ代と映画代つきで、私を中洲という繁華街でおろしてくれました。それで、毎週のように映画館の大スクリーンで映画の2本立てを楽しむことができました。
(参考)
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